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【特集】ニュース解く説く TOKTOK

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開催年、優勝国、日本代表の成績
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 ラグビーワールドカップ(W杯)で、日本代表が大躍進し、日本中が盛り上がっています。W杯開催までの道のり、日本代表の強さを支える多様性、出場チームや海外メディアに評価される理由について調べてみました。(西竹唯太朗)

■故平尾誠二さんら県内関係者尽力

 アジア初のラグビーW杯日本大会実現は挫折と努力の道のりでした。日本代表は1995年W杯でニュージーランドに145点を取られ大敗。競技人口が減少する中、日本ラグビー協会は人気回復の取り組みを重ね、2003年、11年W杯の日本招致に乗り出しました。05年、開催地を決める国際ラグビーボード(IRB/現ラグビーワールド)理事会で決選投票に残り、伝統国以外での開催が競技の世界的普及につながることを訴えましたが、ニュージーランドに敗れました。

 翌年、日本は15年W杯招致に世界で最も早く名乗りを上げました。15年と19年の開催地が同時に選ばれることになり、「アジアのため」を掲げた日本は19年の開催地に選ばれました。

 W杯は伝統国で開催されてきましたが、IRBに「競技の発展には別の市場が必要」という考えが強まったためとみられています。

 兵庫ゆかりのラガーマンも尽力しました。神戸製鋼で活躍、日本代表の主将と監督を務めた故平尾誠二さんは11年W杯招致委員会ゼネラルマネジャー。招致活動の「顔」でした。宝塚市出身の元早大選手で、03年にイラクで武装勢力に殺害された奥克彦大使もW杯招致を呼び掛けていました。

■日本代表に外国人選手なぜ多い

 日本代表に外国人選手が多いのはなぜだろうと思った人もいるのではないでしょうか。代表31人のうち16人が外国出身・生まれです。

 ラグビーの代表資格は国籍に縛られないのが特徴です。当該国・地域で(1)選手本人が生まれた(2)両親、祖父母のどちらかが生まれた(3)3年(36カ月)継続して居住している(4)通算10年の居住-のいずれかを満たせば代表になれます。

 1890年代、ラグビー発祥地の英国で植民地出身選手の代表資格問題の解決策として、居住歴を条件に認める規定が作られ、以来、「所属協会主義」というシステムが続いています。そのため、日本以外でも他の国・地域の選手が在籍しています。一方、強豪国に選手が集中するのを防ぐため、2020年末から代表選出の基準となる居住年数は3年から5年に延長されました。

 日本代表の外国出身・生まれ選手のうち9人は日本国籍です。トンプソン・ルーク選手は07年W杯から4度、桜のジャージーに袖を通しています。他国代表になれば原則、祖国の代表にはなれません。皆、日本のために戦うことを選んだのです。多様な面々が一丸となった「ワンチーム」。これこそが日本代表の強さです。

■日本大会、盛り上がりの要因は

 今回、日本代表の活躍で盛り上がるほか、海外からも称賛されています。なぜなのでしょう。

 大会公式サイトは開幕後、「比類ない大会に」と題したニュースで、各国選手が日本人の応援や歓待ぶりに驚いていることを伝えました。試合前に選手が歌う国歌などチームのアンセム(曲)を日本人が一緒に歌ったり、雨中で最後まで声援を送ったり。各国選手から「信じられない」「素晴らしい」などの声が上がりました。

 応援に感動した選手らが試合後、スタンドにおじぎをして感謝を伝える動きも広がりました。9月21日、南アフリカ戦に勝利したニュージーランドの選手は深々と頭を下げ、他チームもこれに続きました。10月8日、神戸での最終戦では、南アフリカ、カナダ両チームがそろっておじぎをし、拍手に包まれました。

 盛り上がりを支えるのが約1万3千人のボランティア。W杯史上最多3万8千人が応募しました。神戸でも800人が活動しています。外国人向けに伝統文化を紹介するなどさまざまな「おもてなし」企画もありました。

 大会を通じ生まれた心に残るもの(レガシー)は、来年の東京五輪・パラリンピックに引き継がれるでしょう。

2019/10/13

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