東播

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戦艦大和の主砲を削ったワグナー社製の旋盤=きしろ播磨工場
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戦艦大和の主砲を削ったワグナー社製の旋盤=きしろ播磨工場
広島県呉市で建造中の戦艦大和(大和ミュージアム提供)
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広島県呉市で建造中の戦艦大和(大和ミュージアム提供)
神戸新聞NEXT
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 あの戦艦大和の主砲を造った旋盤があると聞き、兵庫県播磨町新島のきしろ播磨工場を訪ねた。

 幅約40メートル、奥行き約100メートルの工場建屋。巨大な旋盤7台が鈍く光る。最も古い旋盤は長さ約20メートル、重さは約160トンあり、直径3・2メートルの円板が存在感を放つ。ドイツのワグナー社で造られ、1938(昭和13)年、大和の主砲を造るために輸入されたそうだ。

 大和は開戦直後の41(昭和16)年12月に完成。全長263メートルの巨体に、直径46センチ、長さ20メートルの主砲が計9門あった。射程距離は4万メートルを上回ったが、広島県呉市の大和ミュージアムによると実戦で発射したのはわずか。久保健至学芸員が「戦局に大きな影響を与えることはなかった」と教えてくれた。

 巨大な旋盤は、もともと大和を建造した広島県の呉海軍工廠(こうしょう)にあった。うなりを上げ、火花を散らしながら主砲を形づくったのだろう。長大な砲身を削るため現在より10メートルも長かったという。

 戦後、同工廠の工作機械の多くは連合国軍総司令部(GHQ)の指示で破壊されたが、1台が神戸製鋼所高砂製作所(高砂市)に払い下げられ、その後、きしろ播磨工場が買い取った。

 中島千寿(ちとし)工場長(66)によると、旋盤はスクリューに動力を伝えるクランクシャフトの加工などに使用。コンテナやタンカーなど日本の造船を支え続けた。だがコンピューター制御の機械が導入され、2013年に活動を停止した。

 今は工場の中で眠り続ける。「高い技術力は戦争より、戦後の産業発展に大きく貢献した」と工場長。

 大和は終戦目前の45年4月、米軍の攻撃を受けて東シナ海に沈み、約3千人が戦死した。この旋盤が造り上げた主砲は、今も真っ暗な海底に横たわっているのだろう。(本田純一)

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