丹波

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柏原藩陣屋跡の玄関正面に施された彫刻=丹波市柏原町柏原
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柏原藩陣屋跡の玄関正面に施された彫刻=丹波市柏原町柏原
彫刻の下絵(中井光夫さん所蔵)
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彫刻の下絵(中井光夫さん所蔵)
下絵の裏面に記された中井権次正貞らの名前と制作年月
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下絵の裏面に記された中井権次正貞らの名前と制作年月
山内順子さん
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山内順子さん

 江戸時代から代々、柏原藩(現兵庫県丹波市柏原町)で「中井権次」などと名乗り活躍した彫刻師、中井一族。現当主の11代中井光夫さん(77)=京都府宮津市=宅には、約千枚にも及ぶ彫刻の下絵が残されているが、その中に唯一、作者の名前が入った1枚がある。このほど、丹波市文化財保護審議会委員の山内順子さんが調べ、柏原藩陣屋跡(同市柏原町柏原)の玄関正面にある彫刻の下絵と特定した。「お殿様の陣屋の御用を仰せつかった名誉を伝えるためだった」と、珍しい署名の謎を明かした。

 中井一族は宮大工の道源(1678年没)を初代とし、4代から社寺彫刻の彫物師として本格的に活動、6~9代が「中井権次」と称した。作品は柏原八幡宮(同市柏原町柏原)や、一宮神社(同市市島町中竹田)など、社寺を中心に各地に現存する。

 山内さんは、下絵や関連文書類の調査・整理に2016年から当たっている。謎の下絵との出合いは、翌17年。表面には雲をモチーフにした図柄、裏面には6代目の中井権次正貞をはじめ、職人3人の連名や、制作年月の「文政二卯(1819年)正月吉日」が書かれていた。

 「それまでに見た他の下絵には署名が入っていなかったので、珍しくて驚いた」と山内さん。ただ、どの場所の彫刻か記述が無いため、特定には至らなかった。

 今春、改めて調べてみようと、5、6代目が手掛けた彫刻の場所や内容、担当した職人の名前などが記録された帳簿「彫物細工萬覚帳」を繰っていたところ、名前や制作年が下絵と一致する記述を見つけた。場所は「御殿様げんくわん(玄関)」となっていた。

 この記述については、別の研究者が、柏原藩陣屋跡を指す可能性を既に指摘していたため、山内さんは現地で確認することに。表御殿の玄関正面を見上げると、唐破風下に施された装飾「懸魚」彫刻の意匠が、下絵と酷似していることに気付いた。さらに、中井権次は原寸大で下絵を描いたため、実物(幅約2メートル)と照合したところ、大きさもぴたりと一致することが分かった。

 柏原藩陣屋跡の御殿は文政元(1818)年に火災で焼失した。再建のため、当時の柏原藩主・織田信憑が、中井権次に玄関の彫刻制作を依頼したと考えると、史実との整合性も取れる。このため、謎の下絵は柏原藩陣屋跡の彫刻のものと結論付けたという。

 山内さんは「珍しい署名には、殿様の御用で玄関正面の最も目立つ部分の彫刻を手掛けた、中井権次の誇らしさが詰まっている」と話した。(藤森恵一郎)

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