丹波

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阪神・淡路大震災の展示を見学する北岡本自治会の子どもら=神戸市中央区脇浜海岸通1、人と防災未来センター
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阪神・淡路大震災の展示を見学する北岡本自治会の子どもら=神戸市中央区脇浜海岸通1、人と防災未来センター
地区住民の約半数が参加した谷上地区の避難訓練=丹波市市島町徳尾(撮影・金 慶順)
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地区住民の約半数が参加した谷上地区の避難訓練=丹波市市島町徳尾(撮影・金 慶順)
復興アジサイの栽培に励む市ノ貝地区の住民たち=ファーム市ノ貝
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復興アジサイの栽培に励む市ノ貝地区の住民たち=ファーム市ノ貝

 2014年8月16日から17日未明にかけて発生し、兵庫県丹波市で死傷者5人、住宅被害千棟超をもたらした丹波豪雨から5年が過ぎた。県、市による復旧工事は99%が完了。補助金不正受給問題といった課題も尾を引く中、治山や防災、コミュニティーづくりなど、山々に抱かれた集落では今も奮闘が続く。あの雨を教訓とし、着実に歩みを進める人々を追う。

 同市北部を中心に激しい雨が襲ったあの日。17日の午前2時からの1時間で最大雨量91ミリを観測した同市市島町の北岡本地区では、住民たちが「あかん」と思いながら手を付けずにいた山から土砂や倒木が流れ出し、40世帯約120人の集落を襲った。

 幸い、けが人はなかったが、床上浸水や田畑に土砂が流れ込むなどの被害が出た。以来、北岡本自治会長の黒田拓治さん(72)は「『まだ大丈夫』は通用しない」と、口酸っぱく伝えてきた。

 被災地域の中でも先駆けとなって治山を進め、いったんは牙をむいた里山にユズやクルミなど約200本の木々を植え「北岡本フォレストパーク」と名付けた。「楽しめる山づくり」を目指し、アウトドアの講習会を開くなどしている。

 今月3日。黒田さんは市の「木の駅プロジェクト」で間伐材を売った資金を活用し、夏休み中の子どもや住民ら32人を引率して神戸市の「人と防災未来センター」へ防災研修に出掛けた。阪神・淡路大震災や東日本大震災の被害を伝える展示に参加者たちは息をのみ、足を止めて見入った。

 研修後、参加した子どもがつぶやいた。「うち、家具の固定をしてない。お父さんにやってもらわな」。

     ◇

 「もうここでは住めない」。濁流にのみ込まれ、傷ついた集落を前に、住民たちは絶望を隠せなかった。

 民家12棟が全壊した同市市島町の谷上自治会。5年が経過した今も、会長の葛野達也さん(64)は「地区が被災のショックから立ち直れていないと感じることもある」と漏らす。他の地区と比べ、地域活動に対する気持ちに温度差を抱くこともあるという。

 それでも、愛着ある故郷での暮らしを願い、ボランティアや学生らに支えられながら、再起の道を進む。15年には市の「山裾の住まい方のルールづくり」のモデル地域の一つに選ばれ、17年に復興の方針を定める「むらづくり計画」を作った。子や孫の世代を見据え、地元主体の治山や、空き家となった被災住宅を活用した交流拠点の整備などに力を注ぐ。

 特に、災害への備えには余念が無い。7月7日には、京都府福知山市から京丹波町にかけて存在する「三峠断層」を震源とする地震を想定した防災訓練を行い、公民館までの安全な避難経路を確認した。その結果、避難するのに支援が必要な人が少なくとも9人はいることを、自治会内で共有することができた。

 訓練には120人ほどいる地区住民の約半数が参加した。約30人と見込んでいた葛野さんは「こんなに集まるとは」と防災意識の高まりを実感する。5年前、集落消滅も覚悟するほどの災禍を経験した地域だからこそ、備えの大切さは一人一人が痛感している。

     ◇

 「今年はいいぞ。花の量も質もこれまでで最高」。6月下旬、こんもりと咲き誇るアジサイ畑を眺め、ファーム市ノ貝(同市市島町中竹田)の塩見和広会長(65)は目を細めた。

 被災農地でアジサイを育て、観賞用の「プリザーブドフラワー」の原料として出荷している。復興事業として16年に市島地域で始まり、今は柏原や氷上など計11カ所に広がる。

 アジサイはその後、虫害に遭った。それでも塩見会長に迷いはない。「豪雨はつらい経験だった。だからこそ、悲しい記憶だけで終わらせてはいけない」(真鍋 愛、大田将之)

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