但馬

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生野県の設置を求める嘆願書などの史料約20点が並ぶ企画展=生野書院
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生野県の設置を求める嘆願書などの史料約20点が並ぶ企画展=生野書院
住民の代表らが作成した嘆願書には「生野県」の文字が書かれている=生野書院
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住民の代表らが作成した嘆願書には「生野県」の文字が書かれている=生野書院
法度やおきてなどを周知するために設置された高札=生野書院
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法度やおきてなどを周知するために設置された高札=生野書院

 現在の兵庫県朝来市生野地域に県庁を置き、1869(明治2)年から2年3カ月間だけ設置された「生野県」に関連する史料を紹介する企画展「生野県150年-『県庁所在地』生野の明治維新」が、同市生野町口銀谷の史料館「生野書院」で開かれている。生野県の存在を示す立て札や、生野立県を求めた住民の嘆願書などを展示している。3月29日まで(月曜休館)。(竜門和諒)

 生野県設置から150年が経過したことを機に同館が企画。神戸大大学院人文学研究科地域連携センターと協力して史料を整理し、初公開の嘆願書など約20点を出展している。

 江戸時代、銀山で栄えた生野は幕府直轄領で、生野代官所は播磨国北部や美作国(現在の岡山県北東部)までを支配していた。生野の鉱山労働者は代官所が米を安く払い下げる「御手当米」などで優遇されたというが、67(慶応3)年の銀山休山などを受け、御手当米の大部分は廃止。68(明治元)年5月には新政府が、旧生野代官所の領地を久美浜県(県庁は現在の京都府京丹後市)に編入する命令を出した。

 同県への編入が御手当米廃止の理由と考えた生野の住民らは69年2月、新政府に待遇改善と生野県設置を求める嘆願書を7地区の代表者が連名で提出。小椋俊司館長(78)は「長く地域の中心だった生野の人々にとって、他県の一部になることは受け入れがたかったのでは」と推察する。

 生野県設置は69年8月に実現したが、江戸時代の待遇には戻らなかった。全国で3府302県となった府県の統廃合が進み、生野県は71年11月に豊岡県(県庁は現在の豊岡市)に併合された。

 会場には、御手当米の復活や生野立県を求めた嘆願書、法度やおきてなどを記した生野県の「高札」などが並ぶ。小椋館長は「時代の転換期に町の発展を願って行動した歴史を知ってもらえれば」と話している。

 午前9時半~午後4時半。入館無料。3月15日午後1時半~3時には近くの生野マインホールで、同研究科の大学院生2人が「生野の明治維新」をテーマに講演する。無料。申し込み不要。生野書院TEL079・679・4336

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