但馬

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朝の番割所の光景(昭和中期、朝来市提供)
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朝の番割所の光景(昭和中期、朝来市提供)

 坑内では採鉱課の保安係を数年務め、1957(昭和32)年に27歳で採鉱課の職長に任命されました。

 職長は職員と一緒に作業計画を立てて、坑内の安全を守る仕事です。鉱員に対して技術的なことも指導しますから、さく岩や運搬、支柱など、採鉱の仕事を全て知っておかないといけません。最初の頃は、古い鉱員さんに素人扱いされてばかにされたもんですよ。

 職長の一日は、朝8時に出勤して、採鉱課の事務所でタイムカードを打ち、坑内着に着替えます。朝は坑口の「番割所」で「君はどこどこへ行ってどういう仕事をしなさい」と鉱員の一日の仕事を割り振ります。

 当時は「人車」というのがあった。10人乗りの車両を7、8両つないで、電気機関車で坑内に入るんです。金香瀬坑は1、2、3区…と分かれていて、1区は近いから徒歩。2、3区は遠いから人車で中に入りました。鉱員はケージ(エレベーター)で竪坑の下に降り、番割されたところに行くんです。

 われわれはまず坑内事務所に落ち着いて、1日の計画を立てる。鉱員が仕事をし始めた時分を見計らって、現場を手分けして回るわけです。指示通り仕事をしているか、危険箇所がないか、周囲の岩盤を点検しながら安全を確認していきます。坑内は地下深いほど気温が上がり、湿度も100%近いので、坑内を回るだけで汗びっしょりになります。水をいっぱい入れた木製の水槽を坑内に持ち込んで、水をがぶがぶ飲みました。

 どうにも暑いので、鉱員さんは防じんマスクを外して穴を刳るわけです。われわれだって現場ではマスク着用をやかましく言うけども、マスクのまま坑内を回るのは苦しくて、外したりします。学卒の職員でも、じん肺で亡くなった人はたくさんいますよ。

 午後3時半の退勤で、タイムカードを押して、風呂に入って帰るというのが日課でした。仕事終わりに皆、風呂に入って汚れを落とすんです。生野銀山(兵庫県朝来市)の鉱物館がある辺りに、昔は鉱員用の広い浴場があり、その横手に小さな職員風呂がありました。(聞き手・長谷部崇)

【鉱山の各課】昭和40年代初めの三菱金属鉱業生野鉱業所には、採鉱課、地質課、選鉱課、分析課、労働課、経理課、工作課、電気課、資材課などがあった。鉱石を掘り出す採鉱課は、作業を計画・監督する職員・職長やさく岩員、支柱員、運搬員、工作員、一般員がいた。

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