但馬

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大勢の人でにぎわう山神祭(朝来市提供)
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大勢の人でにぎわう山神祭(朝来市提供)
鉱業守護の神「金山毘古神」を祭る山神社=2019年4月、朝来市生野町口銀谷
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鉱業守護の神「金山毘古神」を祭る山神社=2019年4月、朝来市生野町口銀谷

 毎年4月、桜が満開の頃に山(さん)神社(兵庫県朝来市生野町口銀谷)で「山神(さんじん)祭」が開かれました。露店が何十軒と並び、境内の桜全てに色とりどりの電飾を付け、子どもの頃は「山神祭」と聞くだけでワクワクしたものです。姫路や和田山の方からも大勢の人が訪れました。

 会社(三菱鉱業=後の三菱金属鉱業)は境内の前に酒だるを三つほど置いて、お神酒を振る舞ってね。僕が旧制中学2、3年の頃には、同級生が余興ののど自慢大会でディック・ミネを歌って優勝しました。

 盛り上がったのは相撲大会です。僕は旧制中学の頃から相撲が好きで、鉱山でも相撲部に入っていました。山神祭の相撲大会は播但線の仁豊野、寺前、新井、和田山辺りから青年団のチームが集まった。「播但青年相撲大会」と銘打ってね。僕はもちろん生野鉱山のチームで、中堅辺りで出ることが多かった。

 土俵の周りは観客でいっぱい。下手な相撲は取れませんでしたよ。行司は労働組合の副委員長で、海軍上がりだった。パッと軍配を上げると同時に「勇み足!」「うっちゃり!」と海軍式に決まり手を言うんです。良い声でね。名物行司でした。

 24、25歳の頃、山神祭で相撲を取った後に一杯呼ばれて、射的をしたんです。看板に「10発5円」と書いてあった。撃ち終わると、店のおやじが「50円出せ」と言うんです。看板を見ると「50円」となってる。いつの間にか裏返してぼったくろうというんです。

 抗議すると、若い衆に「中に入れ」と裏に回されました。僕の友人のおやじはテキ屋の元締で、祭りの地割りも全て仕切っていた。そこで「○○のおやじを呼べ!」とすごんだんです。すると「若い人、あんたええ根性しとる」と向こうが恐れ入ってね。そのまま酒を呼ばれて帰りましたよ(笑い)。

 山神祭の頃に雪が降った年もあった。あれは22、23歳だったか。相撲を取った後、まわし姿で酒を呼ばれて、そのままクラブに乗り込みました。クラブでは城崎の芸者さんが呼ばれていて、まわしを巻いたままダンスをしましたよ。(聞き手・長谷部崇)

【山神社】かつては口山神宮と奥山神宮に分かれていたが、1891(明治24)年、現在地に合祀(ごうし)・建立された。祭神は鉱業守護の神「金山毘古(かなやまひこの)神」。山神祭は桜の咲きそろう4月中旬と定められ、盛大な祭典行事が繰り広げられた。

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