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新潟県中越地震の被災地に5年ぶりに里帰りした地蔵を囲む曺弘利さん(左)と菅利秋さん=神戸市長田区日吉町5
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新潟県中越地震の被災地に5年ぶりに里帰りした地蔵を囲む曺弘利さん(左)と菅利秋さん=神戸市長田区日吉町5
2004年10月23日の新潟県中越地震から15年に合わせて被災地に里帰りする地蔵=神戸市長田区日吉町5、ポケットパーク
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2004年10月23日の新潟県中越地震から15年に合わせて被災地に里帰りする地蔵=神戸市長田区日吉町5、ポケットパーク

 68人が犠牲になった2004年10月の新潟県中越地震から23日で15年となった。被災地の旧山古志村(現長岡市)には同日、同村から神戸市長田区に贈られた地蔵が里帰りを果たした。倒れた杉の木を活用し、復興と再生のシンボルとして制作された9体のうちの1体。阪神・淡路大震災の被災地との絆を伝え続ける。同村の復興に尽力し、地蔵の里帰りを手伝った同区の1級建築士、曺弘利さん(66)は「地蔵を通じて互いの被災地を思いやる気持ちを育んできた。いつまでもつながりを大切にしたい」と話す。

 中越地震では中山間地で多数の土砂崩れなどが発生した。集落の孤立などで、最大12万人が一時避難。同村では全村民約2200人が避難を余儀なくされた。

 阪神・淡路で事務所が全焼した曺さん。中越地震では発生直後から救援物資を届けに駆け付けた。さらに、在日コリアンである曺さんは04年12月から約1年間にわたって山古志村に外国人登録した。「阪神・淡路で助けられた恩返しをしたい」との一心で、同村に住み込んで復興を支援。当時の長島忠美村長(故人)から村の災害対策本部神戸分室長に任命され、企画と広報を担った。

 05年2月には「村の復興を見守る仏像を作ろう」と、村民とともに「山古志復興御堂建立委員会」を設立した。地震で倒れた樹齢180年の杉の木3本を用い、京都市の仏師松本明慶さんに制作を依頼。約1カ月後に高さ約70センチの仏像9体が完成した。

 慰霊の思いが込められた仏像。7体は同村に置かれ、残る2体はそれぞれ、00年の海底噴火で全島避難が4年半続いた東京・三宅島と、神戸市に寄贈された。神戸の地蔵は同市長田区日吉町5のポケットパークにある「あわせ地蔵堂」に安置。夏の地蔵盆や年末の餅つきなどの行事では御堂から出し、地域の子どもらに親しまれている。

 日吉町5丁目自治会は曺さんとともに支援活動に取り組んだ。毎年1月17日と10月23日には双方の被災者が互いの被災地を訪ね、旧交を温めている。同自治会長の菅利秋さん(75)は「地蔵の存在が、人と人の助け合いの大切さを思い起こさせてくれる」と話す。

 地蔵の里帰りは、中越地震10年の追悼式以来、5年ぶり2回目。曺さんと菅さんらが23日未明から車に乗せ、新潟の追悼式の場まで運んだ。曺さんは「山古志と長田に生まれた絆を地蔵が結んでいる。つながりを後世に継承できるよう交流を続けたい」と話した。(金 旻革)

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