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四万温泉の旅館でパーティーを開いたときの写真=大西さん提供
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四万温泉の旅館でパーティーを開いたときの写真=大西さん提供
「生きる力のすごさを感じてもらえたら」と話す大西明子さん=西宮市内
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「生きる力のすごさを感じてもらえたら」と話す大西明子さん=西宮市内

 神戸を舞台に戦前・戦中・戦後と激動の時代を生き抜いた一人の女性。その生涯を描いた小説「神戸モダンの女」(編集工房ノア刊、2200円)がこのほど出版された。著者で兵庫県西宮市在住の大西明子さん(72)に話を聞いた。(鈴木久仁子)

 主人公のモデルは大西さんの義母。物語は大正11(1922)年、その実家があった神戸市兵庫区東山町から始まる。

 30年余り同居してきたというが、「波瀾(はらん)万丈のしゅうとめの生涯を書き残しておきたいと思い立ったのは、亡くなってから。もっと、きちんと聞いておけば良かった」と悔やむ。

 義妹に話を聞いたり、義母の人生を追って取材旅行に出たり。イメージを膨らませて、書き進めた。

 主人公、三崎多津子はハイカラな神戸に生まれ、自由で開放的な空気の中、父親の希望でミッションスクールに通う。英語を習い、聖書を学び…。後に家計を救うことになるダンスや裁縫もこの頃からたしなんだ。

 「私は田舎育ちだったので、ドンクのパンを食べ、オーブンを使った西洋料理も作るしゅうとめにはかなわなかった」と大西さん。

 物語の中でも、華やぐ神戸の夜、多津子がダンスホールに恋人と通う描写は、まるで映画のワンシーンのよう。「生前、一度だけダンスを習ったことがある。ものすごく上手だった」と懐かしむ。

 多津子は結婚し、やがて戦争が始まる。

 戦時中、多津子は温泉旅館を継ぐことにした夫に従って、おかみとなり、四万温泉(群馬県)の旅館を経営したことも。貴重な写真が残っている。湯治客相手の温泉地だったが、敗戦後に苦労をねぎらおうとクリスマスパーティーを企画。従業員や地元の人と仮装パーティーをしたときのものだ。

 「戦後すぐですよ。信じられないですよね。食べるものにも苦労して、今では想像もできない日々だったはずなのに。やっぱり神戸育ちのモダンなしゅうとめ。旅館の一部をダンスフロアにして近所の村人に自ら、ダンスを教えたそうです」

 写真にはチャプリンや動物に扮(ふん)した人たちがすました顔で写っている。「取材で訪れたときには、写真に写っていた人やしゅうとめにダンスと縫い物を教えてもらったという人にも会えて感激した」

 義母は程なく神戸に戻るが夫もなくし、波乱の人生が続く。いや応なく自立し、子どもを育て、孫の面倒まで見た。

 縫い物が得意だった義母にちなんで、目次はすべて衣服で表現。「美にこだわり、弱音を吐かず、強い人だった。そんな人生を読んでもらえたら」と話す。

【おおにし・あきこ】本名・石塚明子。1947年岡山県生まれ。69~2007年に神戸市、伊丹市の公立高校で教諭として勤める。10年大阪文学学校入学。西宮市在住。

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