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決壊後に整備された出石川を見つめる由良亮司さん=豊岡市出石町鳥居
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決壊後に整備された出石川を見つめる由良亮司さん=豊岡市出石町鳥居
由良竹子さん
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由良竹子さん
発生翌日、竹子さんが住んでいたアパート(中央)付近を探しに行くと、流れ込んだ水がまだ残っていた=2004年10月21日(由良亮司さん提供)
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発生翌日、竹子さんが住んでいたアパート(中央)付近を探しに行くと、流れ込んだ水がまだ残っていた=2004年10月21日(由良亮司さん提供)

 「孫のための編み物を取りに行く」-。2004年の台風23号で、増水し堤防が決壊した円山川水系。兵庫県豊岡市の由良竹子さん=当時(57)=は、避難所から自宅に戻ろうとして犠牲になった。長男亮司さん(46)=同市=は「一緒にいたら止められたのに」と唇をかむ。

 あの日、別の避難所にいた亮司さんは、1人で暮らしていた竹子さんと連絡が取れなかった。夜が明け、出石町鳥居のアパートを見に行った。決壊した出石川の堤防はすぐ近くで、茶色く濁った水面が広がっていた。不安な気持ちのまま、役場などを尋ね回った。水が引き、自宅から約2キロ離れた田んぼの中で発見されたのは、4日後だった。

 連絡を受けて警察署に出向いた亮司さんが対面した母の顔には、流される間にぶつけたとみられる青あざが複数あった。遺体の状態を確認した医療関係者から「流されてすぐに亡くなられたようなので、痛みは感じなかったと思います」と声を掛けられた。実の娘のようにかわいがられていた妻は「痛くなくてよかった」と泣いた。

 編み物が得意で、結婚した時には2人分のセーターを編んで贈ってくれた。避難所で周囲に、編み物を取りに戻ると言い残した母の行動を聞いた亮司さんは「かわいがっていた孫のために戻ってしまった。おかんらしいな」と思った。

 避難所を出てからの足取りは分からない。午後11時ごろ、増水し続けた出石川の堤防が切れ、鳥居地区に濁流が流れ込んだ。

 浸水したアパートを片付けに訪れると、1階だった部屋は窓ガラスもドアも外れ、泥まみれの物が散乱していた。孫のセーターを編んでいたのだろうと思ったが、編み物は見つからなかった。

 亮司さんは思う。母が避難所を出て行くのを止められたら。アパートに到着して2階に上がっていたら-。

 今年の台風19号の被災状況は、当時を思い起こさせる。現在は地域コミュニティーの役員として、避難訓練など防災活動にも携わる亮司さん。「体制づくりは進んだ。あとは一人一人の意識。同じような悲しい思いをする人が一人でも少なくなってほしい」。そう願っている。(石川 翠)

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