西播

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井●さゆりさんと未晴さんが濁流に飲まれた現場の慰霊碑で、2人をしのぶ村上光生さん=佐用町本郷
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井●さゆりさんと未晴さんが濁流に飲まれた現場の慰霊碑で、2人をしのぶ村上光生さん=佐用町本郷

 兵庫県佐用町で18人が死亡、2人が行方不明になった2009年8月の県西・北部豪雨から、9日で丸10年を迎える。同町本郷では、町営住宅から避難中の3家族8人が、用水路からあふれた濁流にさらわれ死亡、1人が行方不明になった。わずか200メートルほどの道中。亡くなった井●さゆりさん=当時(47)=の兄の村上光生さん(62)=同町=は「もし家を出ていなければ」という思いが尽きない。

 10年前の8月9日午後9時前、佐用町佐用のJR佐用駅近くにいた村上さんは、浸水に流されかけ、必死でブロック塀にしがみついた。工場の車庫の屋根へ上り、水が引くのを待った。

 翌午前1時ごろに帰宅。寝付けずにいると、町役場から電話があった。さゆりさんと、その長女の未晴さん=当時(15)=がいないという。携帯電話を鳴らしたが、つながらなかった。

 数日後、さゆりさんが約5キロ下流で見つかった。佐用署で対面。へその手術痕を見て現実を受け入れた。未晴さんも数百メートル先の対岸で亡くなっていた。土に埋もれ、きれいな顔のままだった。

 「娘が書道で入賞して新聞に載った」。豪雨の前の日、村上さんの携帯にメールが届いていた。見といてね、という意味だと思う。喜びが行間ににじんだ。

 さゆりさんは4人きょうだいの末っ子。長男の村上さんとは「やんちゃではっきり物言う同士、ようけんかした」が、母が41歳で早世した一家の中で「一番、家族思いやった」。

 村上さんは豪雨後、避難勧告のタイミングをめぐって、町の責任を問う訴訟(請求棄却で確定)に加わった。もし家を出なければ。昼間ならば。水路の手前の公民館に寄っていれば…。「たらればが消えない。やっぱり、生きていてほしいから」。改修工事ではん濫のリスクは格段に減った。穏やかに水をたたえる川を見ると、余計にそう思う。今年も、命日は同町久崎の「復興ひろば」に設けられる献花台を訪れる。(井上太郎)

【編注】●は土に「、」

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