三田

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右上【1】紅葉に染まった千丈寺湖の湖畔=小野左上【2】ダム整備に向けた覚書に調印し握手する塔下真次市長(右)と前中昌治反対期成同盟委員長=1980年12月、市役所下左端【3】湖底に沈む前の集落(県の記録映像より)下中央【4】ごみを拾って分別する子ども=2010年10月、末下右端【5】コンクリート詰めにされた男性の白骨遺体が見つかった現場=11年2月、小野
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右上【1】紅葉に染まった千丈寺湖の湖畔=小野左上【2】ダム整備に向けた覚書に調印し握手する塔下真次市長(右)と前中昌治反対期成同盟委員長=1980年12月、市役所下左端【3】湖底に沈む前の集落(県の記録映像より)下中央【4】ごみを拾って分別する子ども=2010年10月、末下右端【5】コンクリート詰めにされた男性の白骨遺体が見つかった現場=11年2月、小野
1989年5月21日付紙面
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1989年5月21日付紙面

■記者が紙面解説<平成元年5月21日の紙面>

 「裁判で争われれば(兵庫県三田市が)不利になる可能性がある」。千丈寺湖(青野ダム)の環境保全を狙った「千丈寺湖の環境を守る条例」の制定を巡り、生々しいやり取りで県と協議を重ねた市の記録文書を見つけた。建設省(当時)は議論の中で「全国で事例がない」と断言。焦点となったのは河川法の解釈だった。

 法律上、湖は川の一部と位置付けられ、河川法が適用される。が、ごみのポイ捨てやレジャーは規制できず、市は条例を模索した。

 2000年、市と県の会議に警察や自治会など関係団体が加わり「守る会」が発足。釣りやボートを全面禁止する条例案をまとめた後、議論は曲折する。

 ダムを管理する県は「湖は自由使用が原則。河川法の定めに反する」と反発。市は建設省に掛け合い、「(利用者の)モラルを規制する条例なら問題ない」との見解を後ろ盾に県と再交渉したが、「釣りが及ぼす水質汚染の影響は明らかにできない」などと返され、壁は高かった。

 交渉の中で案の内容は二転三転。結局、条例はレジャー禁止ではなく、市が“遊び場”を指定する「利用客誘導型」で落ち着いた。

 条例は、湖周辺を「自然観察」「水辺利用」の2区域に分け、釣りやバーベキュー、ボート使用ができる場所を限定。たき火や花火、ごみのポイ捨て、エンジン付きボートは全面禁止とし、禁止行為を見つけた監視員の注意に従わなければ、氏名公表や5万円以下の過料などの罰則がある。

   ◇   ◇

 三田の水はおいしい。平成は、その源となる青野ダム(千丈寺湖)の水質を守るために市民らがこぞってもがいた時代だった。

 ダム完成翌年の1989年5月21日付に「立ち入り禁止 掛け声倒れ」の見出し。危険を顧みずに禁止区域でボート釣りをする人が絶えず、周辺はバーベキューの家族連れであふれた。

 「食器やタイヤ、家電製品とごみの山で、トラックで持ち帰っても追いつかなかった」。今も清掃活動を続ける広野地区婦人会長の荻野元子さん(65)が当時を振り返る。

 まぶたに緑豊かな集落の風景が焼き付いている。ダム建設で湖底に沈み、移転を余儀なくされた人々を見てきただけに思いは強い。

 汚されてはたまらない。

 市や地元自治会、警察、カヌー、釣りなどの団体が集まって対策を議論した。2002年、市はダム周辺の“遊び場”を一部制限するという異例の条例を制定する。県などは「湖を使う自由を制限するなんてできない」と反対したが、市民の後押しに市が交渉を重ねた成果だった。

 県や市職員、市民もパトロールを続けた。それでも不法投棄は減っては増えてを繰り返した。今も未解決の死体遺棄事件もあった。ただ、荻野さんはここ数年、手応えを感じている。

 大型連休中、家族連れがバーベキューを楽しむ湖畔を歩いた。「ごみはなくてきれいだった。長年の活動と条例のおかげかしら」。市民の飲み水は、みんなの力でおいしく保たれている。(門田晋一)

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