三木

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炎上する神戸電鉄三木駅下り駅舎。火災は映画誕生への一つの契機となった=2018年3月4日、三木市末広1
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炎上する神戸電鉄三木駅下り駅舎。火災は映画誕生への一つの契機となった=2018年3月4日、三木市末広1
2015年粟生線ワイズフォトコンテストで最優秀賞に輝いた石丸隆信さんの作品=小野市葉多町
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2015年粟生線ワイズフォトコンテストで最優秀賞に輝いた石丸隆信さんの作品=小野市葉多町

 サイレンの音がけたたましく響き、報道ヘリコプターが上空を旋回する。あの日、普段は閑静な兵庫県三木市の神戸電鉄三木駅が騒然としていた。見慣れた下り駅舎は黒煙を上げながら赤々とした炎に包まれ、激しく燃え盛る。規制線手前まで大勢の市民が詰め掛け、警察官が「下がって」と叫んでいた。消防署員が慌ただしく放水したが、火の勢いはなかなか納まらなかった。

 2018年3月4日夜、隣接する木造2階建て民家から出火し駅舎に延焼。約5時間後に火は消えたが、駅舎を含む3棟延べ約630平方メートルを全焼し、火元の民家の男性=当時(68)=が亡くなった。築80年になる木造平屋の駅舎は黒焦げの骨組みがあらわになり、内部はがれきの山と化した。

 「信じられへん。うそやろ」。つい最近まで三木市の実家から4年間、粟生線で大学に通ってきた高井佑美(24)は、無料通信アプリLINEで知人から一報を受け、強い衝撃を受けた。駅に近い三木高校に通う江川裕樹(16)も、テレビで炎上する駅舎の映像を見た。実感が湧かない中で、いても立ってもいられない気持ちになった。学校でもその話題で持ちきりに。この火事は後に2人の運命を変えることになる。

 一方、2011年から「粟生線の未来を考える市民の会」代表として同線活性化に動いてきた医師山本篤(50)は危機感を募らせた。「電車が止まれば乗客離れが進み、廃線が近づく」と思ったからだ。

 火災直後から、フェイスブック上には「悲しい」「本当に残念」「粟生線を廃止にしないで」といった書き込みが相次いだ。電車は奇跡的に翌朝から上りホームで運行を再開。駅の再整備に向け、支援金を集める動きもあった。

 これまで車内の仮装コンテストなどのイベントや、神鉄との協議などに手を尽くしてきたが、これほどの反響はなかった。「周りは無関心だと思っていたが、違った。火事で『鉄道がなくなったら』と現実的に想像できたのでは」と語る。

 災難によってかえって廃線危機の鉄道に注目が集まることにもなった。山本は逆転の発想で、粟生線の存続を推し進めるため一念発起する。「神戸電鉄の『神』に掛けて、ローカル線の守り神が現れるような映画を三木でつくりたい」。以前から温めていた鉄道映画の構想だった。実現化への鍵を握る、ある旧友に連絡を取った。(敬称略)

     ◇      

 神戸電鉄粟生線の実利用者数は1992年度の1846万人(推計)をピークに、人口減少や車への移行で昨年度は半数を大きく割る794万人になった。存続が危ぶまれる中、三木駅の火災は起きた。その逆境は、来春公開予定の映画「神さま、わたしの鉄道をまもって。~三木の紅龍伝説~」の製作を後押しする。壮大な計画に挑む人々のドラマをたどる。(井川朋宏)

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