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「昔はにぎわったんやで」と話すかまぼこ店主の凪勝平さん=神戸市灘区倉石通1、畑原市場
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「昔はにぎわったんやで」と話すかまぼこ店主の凪勝平さん=神戸市灘区倉石通1、畑原市場
戦災、震災、火災を乗り越えて。レトロな雰囲気を残す畑原市場
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戦災、震災、火災を乗り越えて。レトロな雰囲気を残す畑原市場
1934年の改装記念の写真。活気あふれる様子が伝わる(慈憲一さん提供)
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1934年の改装記念の写真。活気あふれる様子が伝わる(慈憲一さん提供)
神戸新聞NEXT
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 神戸市灘区の水道筋かいわいにある商店街「畑原(はたはら)市場」が3月末、約100年の歴史に幕を閉じる。戦災、震災、火災を乗り越えてきたが、買い物客の減少や商店主の高齢化で持ちこたえられず、不動産会社に土地を売ることが決まった。名残を惜しむ地域の人たちは「大感謝会」と銘打ち、15日から1カ月半にわたってイベントを開催。思い出の場所をゆっくり見送る。(村上晃宏)

 畑原市場は水道筋商店街の北側にある約60メートルの商店街。神戸市小売市場連合会の20年史などによると、1918(大正7)年、長屋だった場所に38店舗が集まって創設されたという。

 周辺の商店主らでつくる「水道筋地域まちなか再生協議会」メンバーで、子どもの頃から同市場に通う慈(うつみ)憲一さん(53)=同区=は「水道筋周辺の商店街で最も古く、『生鮮食品を買うなら畑原市場』というぐらい品ぞろえが良かった」と振り返る。

 太平洋戦争が始まり、45年5月の空襲で9店舗が焼失。焼けた場所は「畑原東市場」として独立した。終戦後の物不足の中で踏ん張り、50年には約20店舗増えた。

 60~70年代の最盛期は60店舗以上が軒を連ね、64年には協同組合を設立。豆腐店を約60年営む佐藤勝次さん(79)は「人も通れないほど。子どもは親の手を握っていないとはぐれてしまう」と振り返る。

 阪神・淡路大震災では大きな損傷はなかった。しかし、家を失った地元の客は離れた。近くに大型スーパーができ、人通りは徐々に少なくなっていった。

 さらに、火災に見舞われた。2006年9月、近くの空き家から出火して畑原市場に延焼し、5店舗が全焼、7店舗が一部焼けた。再建が進む一方、市場の一部はマンションに建て替わった。その後も閉店が相次ぎ、06年には約40店舗あったが、営業するのは約10店舗になった。

 昨年、商店主らで話し合い、大阪市の不動産会社に売却を決めた。マンションや一戸建てが整備されるという。数店は水道筋周辺に移る予定だが、完全に閉める店もある。

 半世紀以上にわたってかまぼこ店を営み、組合長を務めた凪勝平(なぎ・かつひら)さん(81)は「商売人として勝ち残るために戦い続けてきたけど、潮時や。まあ、うまいこと幕引きができればええわ」と言いつつ、「ほんまに活気があったんやけどな」と寂しげに市場を見渡した。

     ◇     ◇

■15日~来月末に感謝の催し

 水道筋地域まちなか再生協議会などは15日~3月31日、「畑原市場大感謝会」を開く。全部で11のイベントを企画する。

 期間中は「畑原メモリアルシャッター」と題し、シャッターにメッセージや写真、包装紙など思い出の物を張り付ける。プロのカメラマンに習って市場を撮る「街撮り教室」(16、22日、3月14、28日)や、市場の食材を使った「西灘オトナ食い食堂」(3月7日午後6時から)などもある。

 イベントによっては有料、要申し込み。詳細は「ナダタマ」のサイトなどで紹介している。火曜定休。

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