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「紫電改」のメンテナンス作業をする斎藤裕行さん=加西市鶉野町
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「紫電改」のメンテナンス作業をする斎藤裕行さん=加西市鶉野町
制作中の紫電改の実物大模型=茨城県小美玉市(広洋社提供)
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制作中の紫電改の実物大模型=茨城県小美玉市(広洋社提供)

 「もうからなくてもいい。ものづくりで社会に貢献したい、という気持ちがあった」

 兵庫県加西市から戦闘機「紫電改」の実物大模型制作を委託された広洋社(水戸市)の専務、斎藤裕行さん(51)=水戸市=は振り返る。

 同社は、博物館などの展示空間をつくる仕事を得意としてきた。しかし、2015年、予科練平和記念館(茨城県阿見町)のシンボルとして、ゼロ戦の実物大模型を手掛けた仕事が転機に。社員の多くがメッセージ性の強い作品を造るやりがいを感じ、モチベーションも高まった。

 「紫電改を造ってみないか」。市民団体「鶉野平和祈念の碑苑保存会」の理事、上谷昭夫さん(80)=兵庫県高砂市=に勧められた時には紫電改のことをまだよく知らなかった。資料や写真をもらい、その情熱に触れるうちに「造りたい」と思うようになったという。

 主に4人で取り組んだ。10分の1の模型を何度も作って設計。実物大では鉄骨にアルミ板を張った。ゼロ戦よりも胴体の曲面が複雑で難しかった。かつて生産されたゼロ戦は約1万400機だが、紫電改は約400機にすぎない。資料が少ない中、上谷さんが提供してくれた図面などが役に立った。

 本物に忠実にと、自分たちが納得するまでこだわった。18年7月、どうしてもプロペラがうまく造れず、国内で唯一、紫電改の実物が展示されている愛媛県愛南町の施設を訪問。海から引き上げられた機体のプロペラで、型紙を取らせてもらった。

 「本物はゼロ戦よりも大きく迫力を感じた。乗っていたパイロットも亡くなったんだろうと想像すると、また『ちゃんと造らなきゃな』と思った」と言う。

 空中戦での急旋回を可能にした翼の「自動空戦フラップ」も再現。当時は油圧式だったが、モーターを使い、ボタンを押せば動くようにした。

 17年春に設計を始め、完成まで2年かかった。5月に鶉野飛行場跡(加西市鶉野町)に納品した時、市職員や保存会メンバーらが喜ぶ顔を見てほっとした。「長かった仕事が終わった」と感慨に浸りながら、手放す寂しさも感じた。

 気掛かりなのは今後の活用法。市は同飛行場一帯を戦争遺産として整備し、ミュージアムを擁する「地域活性化拠点施設」を2022年4月に開館し模型も移す。斎藤さんは、加西市には平和教育などで骨太なメッセージが必要と考える。

 「今は珍しいもの見たさで集まっているけれど、それだけではただのおもちゃ。地域に合った平和教育を」と指摘。そのためには学芸員を置くなど、戦争についてしっかり学べる展示が必要になる。「子どもたちに来てもらい、それをきっかけに、これまで語らなかったお年寄りが戦争体験を話す機会になればいい」と願う。(森 信弘)

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