北播

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伯父荻野八郎さんの遺書と、荻野とよこさん=西脇市茜が丘複合施設みらいえ
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伯父荻野八郎さんの遺書と、荻野とよこさん=西脇市茜が丘複合施設みらいえ
荻野八郎さんの出征時に撮影したとみられる家族写真や、故郷からの手紙を束ねた冊子=西脇市茜が丘複合施設みらいえ
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荻野八郎さんの出征時に撮影したとみられる家族写真や、故郷からの手紙を束ねた冊子=西脇市茜が丘複合施設みらいえ
家族写真の裏に書きこんだ文章。出征前にしたためたと見られる=西脇市茜が丘複合施設みらいえ
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家族写真の裏に書きこんだ文章。出征前にしたためたと見られる=西脇市茜が丘複合施設みらいえ

 第2次世界大戦中、フィリピン・ルソン島で戦死した兵庫県西脇市出身の兄弟の遺書などを並べた市平和展「戦地からの手紙に込められた想い」が、同市野村町の市茜が丘複合施設みらいえで開かれている。死を前にした自身の運命を引き受けつつ、家族を思いやる24歳と21歳の青年の姿が浮かび上がる。(長嶺麻子)

 市図書館のボランティア荻野とよこさん(61)=西脇市=は昨年、実家の仏壇や祖母の遺品を整理した際、遺書や写真、死亡告知書などを見つけた。旧陸軍の兵士だった伯父の荻野八郎さん、五四郎さんのものだった。

 八郎さんの遺書では、長くいた満州(現中国東北部)を離れることを記し「今度帰る時は白木の箱かもわからない。どうかその時は泣いて下さるな。『よくやった』とほめて下さい」とつづっている。2人について、とよこさんは周囲から「特攻で死んだ」と聞いていたが、あらためて祖父母の無念や、伯父たちの苦悩に気付かされた。

 特攻は大戦末期、旧日本軍が航空機や潜航艇、戦車などを使って行った体当たり攻撃。八郎さんは1945年2月、五四郎さんは同年4月に戦死した。2人の死亡通知書が届いたのは47年になってからだった。

 遺品には家族写真や手紙、戦地で大切に保管していたと思われる家族からの便りがある。弟の健やかな成長を心待ちにし、両親の健康を気づかう心境や、郷里からの便りを楽しみにしていた様子がうかがえる。

 遺品などから、八郎さんは釣針製造会社に勤め、五四郎さんは播州鉄道の車掌だったとみられる。91歳で亡くなった祖母は、戦中戦後のことはほとんど話さなかったという。とよこさんは「祖母の胸中を思うといたたまれない。兵隊も家族もどん底に突き落とすのが戦争。ばかばかしいことは繰り返してはならない」と話している。

 展示は知覧特攻平和会館(鹿児島県)のパネルも含め、12日までは情報交流コーナーで15点、13~16日は会議室で45点並べる。西脇市次世代創生課TEL0795・22・3111

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