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俳人永田耕衣の創作の原点を話すつもりだった学芸員の竹廣裕子さん。生前の耕衣とも接点があった=姫路文学館
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俳人永田耕衣の創作の原点を話すつもりだった学芸員の竹廣裕子さん。生前の耕衣とも接点があった=姫路文学館

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、兵庫県の姫路・西播地域でも次々とイベントが中止、延期されている。主催者や関係者には、催しを通じて伝えたかったこと、感じてほしかったことがきっとあるはず。そこで、こんなコーナーを始めることにしました。題して「中止、延期イベント ネットで開催」。ほんの一部ですが、この日、この時のために準備を進めてきた皆さんの企画や思いをネットで紹介します。(小川 晶)

 姫路文学館(姫路市山野井町)では、開催中の企画展に合わせて14日に予定していた俳人永田耕衣(1900~97年)の解説会が中止となった。案内役を務めるはずだった学芸員の竹廣裕子さん(52)は、耕衣の創作の源にあった「寂しさ」や「人恋しさ」を、具体的なエピソードを交えて紹介するつもりだったという。

 耕衣は現在の加古川市で生まれ、地元で働く傍ら創作を続けた。常に先駆的で、禅や哲学、演劇など幅広い分野から得た知見が句ににじむ一方で、竹廣さんは、幼少期の家庭環境の影響も色濃いとみる。

 「父は外交家で表面的で母は経済家で内面的」。私小説でそう表した両親は不仲で、兄も早くに家を離れた。十分な愛情を得られない暮らしに寂しさが募り、母と姉が買い物に出掛けるだけで思い詰め、生き別れるかのように号泣したこともあったという。

 「朝顔や百たび訪はば母死なむ」「寒雀母死なしむること残る」。1952年の「驢鳴集」には、存命の母の死をテーマにした句が収められている。子や孫に恵まれた最晩年に至っても「或る日父母がいないと思う梅花かな」と詠み、両親への思いをうかがわせる。

 一方で、他人からの刺激を好み、さまざまな人と交流した。後輩から作品をほめられると無邪気に喜び、客人を送るときは姿が見えなくなるまで手を振り続けた。耕衣の魅力は、自分磨きを続け、達観を目指しながらも、どこか届かない「人間くささ」にあると竹廣さんは感じている。

 企画展「生誕120年記念 俳人永田耕衣展」は4月5日まで。姫路文学館は、感染症の影響で3月26日まで休館する。

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