姫路

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大歳神社の石垣に掘られた矢穴跡を示す増田行雄さん=姫路市砥堀
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大歳神社の石垣に掘られた矢穴跡を示す増田行雄さん=姫路市砥堀
増位山の東麓方面から新たに確認された十字の矢穴跡がある巨岩(増田さん提供)
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増位山の東麓方面から新たに確認された十字の矢穴跡がある巨岩(増田さん提供)

 世界文化遺産・国宝姫路城(兵庫県姫路市)から北に約4キロ離れた増位山で、石垣の石を切り出す際に掘られた「矢穴」の跡がある岩石が続々と見つかっている。これまで南麓方面から矢穴跡の発見が相次いでいたが、東麓方面でも新たに確認。さらに増位山の西側に連なる広峰山でも矢穴跡が見つかったことで、専門家は「広峰・増位山の全域が採石場だった可能性が非常に高まった」と評価する。

 姫路城の石垣の石は、大半が城から数キロ圏内にある山で採掘されたとされる。現在までに特定されているのは城の南西にある鬢櫛山と増位山の2カ所だ。

 増位山では2016年11月以降、地元住民らでつくる「増位の史跡を守る会」が調査を本格化。岩に等間隔に並んだ長方形の穴の列が60カ所以上で発見され、矢を打ち込んで石を砕くための矢穴だと分かった。

 さらに、岩に刻まれた直径約10センチの円形模様も4カ所で見つかり、石材提供者や採石場のマークとされる「刻印」と判明。姫路市立城郭研究室は確認後、増位山を採石場と断定した。

 だが一方、同会が発見した矢穴石や刻印のほとんどが南麓方面に集中する。「より広域で調べる必要がある」。姫路城の石垣の採石地を研究する神戸史学会の増田行雄さん(59)=神戸市=はそう考え、昨年11月から増位山の踏査を始めた。

 目を付けたのは、以前から矢穴石が確認されている東麓の砥堀地区周辺。春川神社(姫路市砥堀)では、1976年の台風の復旧工事で神社横の川から矢穴石が見つかり、その後も境内や裏山、近くの民家の庭などで発見されていた。

 増田さんは今年3月までに計10回の踏査を実施。地元住民らの助けも借りながら、新たに複数の矢穴跡を見つけた。十字に穴の列が続く巨岩もあったほか、麓の大歳神社(同市砥堀)でも本殿の石垣に矢穴跡を確認した。

 関西大学大学院の森岡秀人・非常勤講師(考古学)に確認したところ、いずれも江戸初期の池田輝政による築城時の矢穴と大きさや形状、間隔が一致することが分かった。

 また、4月には増位の史跡を守る会の藤後平八さん(81)と天野守雄さん(79)が広峰山の中腹2カ所で大型の矢穴石を発見。最大長辺が17センチの穴の列もあり、こちらも森岡さんが写真で確認し、池田輝政時代の特徴と一致した。

 同研究室は「矢穴の深さや間隔、形状を比較することで、地域ごとの加工技術の差や、分業体制を知る重要な手がかりになる」としている。(地道優樹)

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