阪神

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以前店舗があった場所を指さす畑田宏実さん=宝塚市玉瀬
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以前店舗があった場所を指さす畑田宏実さん=宝塚市玉瀬
豪雨により堤防が崩落した武田尾地区(2014年8月)
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豪雨により堤防が崩落した武田尾地区(2014年8月)
大半の店舗が停電した立花商店街。「復旧したときは拍手して喜んだ」と話す土井祥司さん=尼崎市立花町1
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大半の店舗が停電した立花商店街。「復旧したときは拍手して喜んだ」と話す土井祥司さん=尼崎市立花町1
停電して真っ暗な立花商店街(昨年9月4日撮影、土井さん提供)
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停電して真っ暗な立花商店街(昨年9月4日撮影、土井さん提供)

 近年、全国各地で想定を超えるような風水害が相次いでいる。兵庫県の阪神間でも河川氾濫や高潮被害など、ライフラインに甚大な影響を及ぼす災害が目立つ。きょう1日は「防災の日」。過去に大規模な風水害に見舞われた被災者2人に体験を語ってもらい、住民目線での備えについて考えたい。(斉藤絵美)

■復旧中に再び氾濫 一瞬で膝の高さまで水 「最悪を想定し心の準備を」

 宝塚市のJR武田尾駅から歩いて約10分。風光明媚な武庫川沿いは5年前の2014年8月、2度も水害に襲われた。

 武庫川と僧川に挟まれた場所に位置する飲食店「畑熊商店」(宝塚市玉瀬)は、1度目の台風11号で武庫川が氾濫し浸水。復旧作業に追われていた約1週間後、集中豪雨により僧川があふれた。自宅を兼ねた鉄骨造りの店舗は何とか残ったが、店のテーブルやいすなどが流された。

 店主の畑田宏実さん(64)は「『えらい雨やな』とのんきに構えていたら、僧川があふれた。気がつくと一瞬で膝の高さまでつかってしまった」と振り返る。

 当時店舗内にいた知人ら7人に呼び掛け、約6メートル上の道路へ避難した。一瞬で靴も流され、はだしのまま逃げた人もいる。あふれた川の方向を見ると、東日本大震災の津波のような光景が広がり、ぞっとした。店と武庫川を挟む堤防は約70メートルにわたって崩れ、地盤がえぐられて店舗も傾き、「全壊」と認定された。

 畑田さんは家族5人で近くの公会堂で避難生活を送った。山あいの集落のため、土砂崩れが発生し、救助すら入れない“陸の孤島”となった。消防団員が近くの集落まで歩いて食料や物資を取りに行って配ってくれた。「お金や備蓄も大切だけど、人と人とのつながりが一番大事。物資がなければ避難所生活は不便だけど、人とのつながりがなければ、命が助からないこともある」と話す。

 店があった場所は兵庫県などの河川改修工事により護岸が約6メートルかさ上げされ、被災から約4年後の昨年11月に営業を再開できた。「人間の力はしれてる。どこかで最悪のことを考えて心の準備をしておくべき」と警鐘を鳴らす。

■台風で停電、店に入れず 「設備の使い方、普段から確認を」

 昨年9月4日の台風21号。強風で飛ばされた屋根や倒木などが電線を断ち切り、尼崎市では広範囲で停電し、関西電力によると最長で5日間も続いた。

 復旧が遅かったJR立花駅前の立花商店街(同市立花町)。コーヒー店「焙煎工房マルイ」を営む土井祥司さん(58)はその日の午後、風雨が強くなり店を閉めた。店内で作業をしていると、暴風で店が揺れ、「バンッ」「ボンッ」と何かが当たる音が聞こえた。外の様子をうかがおうにも、風圧でドアが開かない。突然「シューン」と音がして停電した。

 風雨が収まり、外に出てみると、電柱が倒れ、近くの屋上にあった倉庫が落下し、散乱していた。電動シャッターが停電で作動せず、店に入れない店主がいた。手動に切り替えられるシャッターもあったが、「使い方が分からない」と困り果てた人も。「普段から確認しておくべき」と感じたという。

 近くの自宅も停電した。暑い時期だったため、すぐに市内のホテルを予約し、同居する高齢の両親を避難させた。

 自宅では暑さで料理もできず、カップ麺やスーパーの総菜を食べてしのいだ。ペットボトルを半分に切り、キャップの部分からペンライトを差し込んで、電球代わりに天井からつるした。「懐中電灯では十分な明かりが確保できない。ランタンの方が役立った」と振り返る。夜は窓を開け放って寝たため、蚊取り線香が重宝したという。コインランドリーは混み合い、携帯電話は車で充電した。

 自宅の停電は3日間。商店街は電柱の修理が完了し、通電したのは9月8日だった。「台風は過ぎ去っているのに、いつ復旧するか分からない。不安だらけだった」と振り返る。

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