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尼崎市の特別表彰で、50年に及んだ活動を振り返る松光子さん=尼崎市役所
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尼崎市の特別表彰で、50年に及んだ活動を振り返る松光子さん=尼崎市役所
尼崎公害訴訟の区切りとなった国との協議終結。合意書に調印し、国の担当者と握手を交わす松光子さん(中央)=2013年6月13日、尼崎市内
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尼崎公害訴訟の区切りとなった国との協議終結。合意書に調印し、国の担当者と握手を交わす松光子さん(中央)=2013年6月13日、尼崎市内

 6月末で解散した「尼崎公害患者・家族の会」の元会長で、患者の支援や道路公害の改善に取り組んだ松光子さん(87)=兵庫県尼崎市。自身も慢性気管支炎などを患い、国との協議中に一人息子を亡くしたが、尼崎に青い空を取り戻そうと闘い続けた。その功績をたたえ、今月9日、同市から特別表彰を受けた松さんに活動と現在の思いを聞いた。(大盛周平)

 -活動を振り返って。

 「昔はぜんそくと結核が市南部の風土病と言われた。せきが出てお医者にかかる。子どもにだけは薬を飲ませて、残りちょっとを親が飲むという感じでね。こんなことをしとったらあかんわ、というのが始まり」

 「近所のおばちゃん連中が一緒に頑張ってくれた。当時、結婚して外に出た子どもは『臭いが違う』と言って戻ってこない。(活動は)『住めるような街に』という一点だった」

 -環境は変わったか。

 「市の南部はまだ緑がない。昔の尼崎に戻すのは無理やねんけども、トンボをとったり、自然と触れ合う場所が戻ってきていない」

 -国との協議中(2011年)に長男を亡くした。

 「ほったらかしやった。九州に転勤し、病気になったと聞いた時にすぐに行ってあげられなかった。(尼崎市)東本町の国道43号の陸橋にエレベーターをつくらなあかんと、(国と)もめてる最中だった。お寺参りしても『今来ても遅いわ』と言われそうで」

 「『公』には、100パーセントではないけど達成感がある。でも『私』の部分は、家族に寄り添う言うても誰もおらへん。今後が読めない。50年間、運動ばかりやってきたから」

 -道路行政をどうみる。

 「皆が納得してから道路をつくればいいが、先につくっといて辛抱せえはないやろと。住民に『こういう被害が出ます』と最初に言うてくれたらええんや。話し合いをして環境対策をしたら、問題になることはないと思う」

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