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昨年12月に母校で開かれたトークイベントで、幼少期の思い出を語るオリックス村西良太投手=津名高校
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昨年12月に母校で開かれたトークイベントで、幼少期の思い出を語るオリックス村西良太投手=津名高校

 昨年のプロ野球ドラフト会議で、オリックス・バファローズから3位指名を受けた兵庫県淡路市佐野出身の村西良太投手。2月1日から宮崎市で始まる春季キャンプで、プロとしての第一歩を踏み出します。淡路島の野球ファンの期待を集める村西投手に、幼少期の思い出や野球への情熱などを話してもらいました。(聞き手・内田世紀)

 -子どもの頃はどんな子でしたか

 「ゲームより外で遊ぶのが好きで活発、足の速さには自信がありました。2学年下の妹(佐織さん=氷上高女子バレー部主将で県大会優勝、宇都宮大)もスポーツをしていたので、競いながら走っていました。父の影響か釣りが大好き。佐野の漁港でタチウオやアジを釣りました。今でも淡路に帰るとシーバスやイカを狙います。さおを振る動作が野球の役に立ったかもしれませんね」

 -野球を始めたきっかけは

 「保育園のときに小学生が野球をしているのを見てやってみたいな、と思ったのが最初です。小学3年で友達と一緒に佐野ドルフィンズに入りました。同級生には保田拓見投手(淡路高で主戦、独立リーグでプレー)と山形善人捕手(津名高で正捕手、甲南大準硬式野球部主将)がいました。最初は足を生かしてセンター、4年からレギュラーで、ショートが多かったです。1、2番で塁に出て足でかき回すタイプでした」

 -投手はしていましたか

 「エースは保田投手。自分もたまに投げましたが、コントロールがめちゃくちゃで。今思えば、力を入れすぎて、体に適した投げ方をしていませんでした。背番号は6年のとき『1』。エースではなく、保田投手が主将で『10』を付けたから。野球人生で『1』はそのときくらいですかね」

 -思い出の試合は

 「上から投げてもストライクが入らないから、サイド気味で投げたことがあるんです。そしたらめちゃくちゃ良くて、無四球無失点。子どもの思いつきですが、今思えば予兆だったのかな」

 -あこがれのプロ選手は

 「西武やオリックスに在籍した中島裕之選手(現巨人=伊丹北高出)。父が巨人ファンでテレビでも野球中継はよく見ていました。小学校では陸上やサッカーもやりましたが、野球が一番好きでした」

 -中学では硬式チーム「アイランドホークス」を選びました

 「メンバーの人数がぎりぎりで、1学年上の先輩に誘われました。自分は外野でした。投手としては4番手か5番手。一つ下に村上頌樹投手(智弁学園でセンバツ優勝、東洋大)ら、良い投手がそろっていて。打撃を中心に頑張りました。打つ方も好きですよ。パ・リーグでは打席に立つことはないですが」

 -サイドスローに転向したのは

 「1年のとき、三谷康夫監督に勧められて。体の使い方がサイドスローに向いていると言われました。コントロールが良くなり、投げやすかったです」

 -思い出の試合は

 「徳島であった大会で、投手で出場しました。ベースボールネットワークというチームを相手に、調子よく投げることができました。振り返ると、投手として出場は少なかったのに、マウンドの思い出が多いですね。意識したことはなかったですが、やはり投手が好きだったのかもしれません」

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