淡路

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素早い手つきでラーメンを仕上げる鎌田安朝さん=洲本市宇原
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素早い手つきでラーメンを仕上げる鎌田安朝さん=洲本市宇原
暗闇の中、軽トラックから明かりと湯気が漏れる=洲本市宇原
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暗闇の中、軽トラックから明かりと湯気が漏れる=洲本市宇原
チャーシューも味わい深いしょうゆラーメン=洲本市宇原
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チャーシューも味わい深いしょうゆラーメン=洲本市宇原

 チャラリーララ、チャラリラララ~。懐かしいチャルメラの音色と赤ちょうちんをひっさげて、きょうも軽トラックがやってくる。手を上げると立ち止まり、慣れた手つきでラーメンを仕上げて「はい、お待ち」。兵庫県の淡路島内を巡回し、屋台ラーメンを続けること半世紀近く。島とともに歩んできた「淡路軒」を、あなたはご存じですか?(上田勇紀)

 その軽トラックを目にしたのは、2月15日の深夜だった。神戸から淡路に赴任が決まり、洲本市であった歓送迎会の帰り道。赤ちょうちんと黄色いカバーの車体が目に付いた。

 同僚に尋ねると、島では老舗のラーメン販売らしい。ネットで調べると、「タイミングが合わないと食べられない幻の味」とある。取材を申し込んだ。

 店主は、洲本市の鎌田安朝さん(65)。香川県白鳥町(現・東かがわ市)出身で、高校卒業後は大阪のダイエーに勤めていたが、淡路島で屋台ラーメンを営んでいた兄勲さんに誘われた。1975(昭和50)年秋だったと記憶する。

 その2年前ごろから勲さんが始めていた移動販売のラーメンは大人気。軽トラック4台、リヤカー2台で島内全域を回った。「コンビニのない時代、よう売れた。一晩で500杯売れたこともあるな」と安朝さん。同じ屋台ラーメンの競争相手もおり、「淡路軒」の屋号で覚えてもらった。

 勲さんはしばらくして香川へ帰り、安朝さんが引き継いだ。阪神・淡路大震災(95年)、そして明石海峡大橋の開通(98年)。そうした島の転換点をつぶさに見てきた。感じるのは、人が減ったこと。「(85年に)大鳴門橋ができてからはよう売れたけど、明石海峡大橋が通ってからは、みんな日帰りで帰るんで売れなくなった。活気がなくなったわなあ」と寂しげだ。

 それでも、洲本市と南あわじ市を中心に販売を続け、なじみの客は数え切れない。夕方から妻千代子さん(66)と一緒に軽トラックに乗り込み、島のあちこちをゆっくり走らせる。「おじいちゃん、おばあちゃんが孫に買うたる、いうんが多いな。あとは飲んだシメに食べてもらってる」。今も一晩60杯程度売れるという。

 しょうゆラーメン(500円)を頂いた。特注で仕入れているストレートの細麺は、もちもちとした食感だ。焼き豚を煮込んだしょうゆだれに、鶏ガラと豚骨でとっただしを合わせたスープは、コクがあるのにあっさりしていて、最後まで飲み干せる。「毎日食べて飽きひん味」という信条にうなずく。「うまいですね」。そう言うと、安朝さんの表情が緩んだ。

 仕込みにも手間が掛かり、体力的にきつくなっている。それでも「これからも続けなしゃあないな。飯食べていかなあかんから」。そう笑うと、さっそうと軽トラックに乗り込んだ。

    ◇  ◇

 淡路軒は月~木曜は午後5時~午前0時半、金、土曜は午後5時~午前1時半ごろ営業。月、木曜は南あわじ市、火、金、土曜は洲本市を回る。水曜日は週替わりで、淡路市に行く場合もある。日曜と雨の日は営業しないので要注意。メニューはほかにとんこつ(600円)、みそ(500円)などがあり、チャーシュー増しはプラス100円。「都合によってルートは変わるけど、近くにいたら2杯から出張するよ」と安朝さん。淡路軒TEL090・8792・6485

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