日々小論

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 モンゴルには「ネルグイ」という名前の人がいる。神戸大に留学していた知人のモンゴル人の父親もそうだった。

 「ネル」は「名前」のことで「グイ」は「~がない」という語尾。つまり「名前がない」という意味の名前である。

 首をかしげる人がいるかもしれない。しかし、これには子どもの健やかな成長を願う、親の深い愛情が込められている。

 病気や災いからわが子を守るため、悪鬼に名前を悟られないようにという生活文化だ。「名前がない」と名付けられた人は、親の愛を誇りにできる。

 名前とはかけがえのないものだというのが普通の感覚だろう。だからニュージーランドの女性首相が昨年春に議会で行った演説は今も鋭く胸に迫る。

 「今後一切、この男の名前を口にしない」。存在を認めないと述べたに等しい発言だ。

 「この男」とは100人以上が死傷したモスク銃撃事件の実行犯。あえて「何者でもない無名の人間で終わらせることにした」という。名前を挙げれば冷酷なテロ行為までが無用に注目されると考えたからだった。

 同時に首相はこうも述べた。「皆さんは大勢の命を奪った男の名前でなく、命を失った大勢の人たちの名前を語ってください」。大切にすべきは犠牲者一人一人の名前なのですよと。

 名前を巡って私たちの社会は揺れている。匿名にすることで事件・事故の犠牲者や遺族を守れるという議論がある。一方で名前を公表して生きた証しを残したいという家族もいる。

 お互いの名前を大切にしたいと思う人が圧倒的多数であるはず。なのに、残念ながらネットなどに他人の名前を食い物にする「悪鬼」もいる。どうするかを考え続けるしかない。

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