日々小論

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 安倍晋三首相がきのうの衆院予算委員会で、自身の発したやじの謝罪に追い込まれた。

 先週の同予算委で、立憲民主党の辻元清美氏が「桜を見る会」などを取り上げ「タイは頭から腐る」と首相を批判する言葉で質問を終えた。その直後、首相が「意味のない質問だ」とやじを飛ばしたのだ。

 質問は国会議員の権利で、それに対する答弁は首相や閣僚の義務だ。答える側が質問の善しあしを評価していいなら、政府に都合の悪い追及には答えなくてもよくなってしまう。腹が立っても、首相のやじは認められない。これが国会の原則だ。

 ところがルール無視のやじはいまに始まったわけではない。安倍首相は2015年の安全保障関連法を巡る審議でも辻元氏を「早く質問しろよ」とやじった。今国会では別の野党議員を「うそつき」呼ばわりし、謝罪を求められると「非生産的」と拒否した。

 同じ不規則発言でも「議場の華」として語り継がれるやじもある。例えば、戦後保守合同の立役者で「やじ将軍」の異名をとった三木武吉。閣僚が法案の趣旨説明で棒読みを続けていると、一息ついたところで「次のお焼香の方、どうぞ」とやり、議場は爆笑に包まれたという。

 代議士会で翼賛体制を批判した議員を集中攻撃する主流派議員たちを「茶坊主ども、黙れ!」と一喝した逸話も鮮やかだ。

 やじられた方をにやりとさせたり、一瞬で黙りこませたり。意味のあるやじを発するには相当なセンスと覚悟が必要だと分かる。首相のやじにそれが備わっているだろうか。

 「意味のない質問」を終わらせることができるのは、やじではなく、首相自身の誠意ある答弁しかないと思うのだが。

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