日々小論

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 東京・市谷。緩やかな坂を上った閑静な一角に、日本民俗学の巨人、柳田国男(1875~1962年)の旧居跡がある。現在は大妻女子大の寮となっている。

 1901(明治34)年から27(昭和2)年、ここで過ごした。精力的に仕事をした20代から50代に当たる。有名な「遠野物語」もこの時代に発表された。

 兵庫県福崎町辻川の「日本一小さい家」で生まれ育った柳田の目に20世紀の東京はどんなふうに映っただろう。工業化で都市への人口流入が次第に激しくなり、住宅難など都市問題が噴出してくる。

 「都市と農村」(29年刊)を手に取って目を見張った。「都市成長と農民」「農村衰微の実相」「文化の中央集権」…。各章の標題は90年後の日本の状況を照射しているかのようだ。

 故郷の福崎を思わせる一文が全体のモチーフとなっている。「都市に永く住みながら都市人にもなり切れず、村を少年の日のごとく愛慕しつつ、しかも現在の利害から立(たち)離れて、二者の葛藤を観望する」。農村の疲弊を内部の問題としてではなく、都市との関係でとらえたところが斬新だ。

 柳田が重視するのは「地方分権」だ。中央の動向に振り回され、むやみに競わされるのではなく、都市間の連携を深めよと説く。自立とともに「確実なる対等交通」が全国で成立するとその利益は周囲の農村に及ぶというのだ。

 高度成長期の「列島改造論」も現代の「地方創生」も、都市と農村の幸せな関係を築けなかった。首都圏はますます膨張し、地方の「衰微」は止まらない。全国各地を歩き、実情を肌身で感じた柳田の警鐘が、時を超えたいま切実に響く。

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