日々小論

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 「もしもし」。電話口から、しゃがれた声が聞こえる。こちらの名前を伝えると「そろそろ電話がかかってくるかな、と思っていました」と言われる。

 彼はハンセン病の元患者だ。今は公営住宅で暮らす。小学生のときに父親と一緒に療養所に入った。両親は離婚したと聞かされた。遠い記憶に、まだ幼い弟が消毒用の粉を掛けられ、泣いていた光景が残る。その弟とも、生き別れたままだ。

 昨秋、話したときより、少し声に元気がないのが気になる。80代半ばという年齢のせいかもしれない。体調を尋ねると、「2月に入って横になることが増えたかなあ。テレビをつけるといろいろ言っているし、もう目にしたくない。あれは体にこたえる。もっぱらラジオを聴いてます」と返ってきた。

 「もう目にしたくない」とは、新型コロナウイルスによる肺炎の拡大が引き起こしている、デマや差別についての報道を指す。ハンセン病では、90年近くにおよぶ国の隔離政策が、患者本人と家族を差別と人権侵害にさらし続けた。

 彼は私に、いつも「世の中は変わりましたか?」と問う。今の社会で、ハンセン病の新たな患者が出ることはほとんどないし、発症しても薬で治る。国は政策の誤りを認め、謝罪した。それでも、元患者や家族への差別はなくならない。

 「差別しているなんて考えもしないのでしょう。怖いものは、怖い。そういう感情から、一歩も動こうとしない。新型肺炎もそうです。そんな社会と、僕はもう関わりたくないと思っています」

 半時間ほど話して「また連絡します」と電話を切る。「もう電話しないで」とは言われなかった、と自らに確かめながら。

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