日々小論

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 兵庫県内に住む50代の女性は25年前のあの朝、西宮市で被災した。激しい揺れに生命の危険を感じたという。木造2階建ての集合住宅は大きくゆがみ、風呂場の小窓から外へ出た。

 近所の光景で覚えているのは1階がつぶれた多くの木造住宅とアスファルトに幾重にも入った亀裂だ。住民を救い出そうとがれきの中に呼び掛ける男性の姿も記憶に焼き付いている。

 この女性は、当時のことを思い出すと、今も胸が苦しくなると訴える。身内を亡くしたり、けがをしたりしたわけではない。だが、テレビに震災の映像が流れると、すぐにチャンネルを変えたくなる。1・17の追悼行事には足を運ぶ勇気が出ない。今回体験を話すのも最初はためらいが大きかったという。

 「心のケア? そこまで必要はないと思うけれど」。女性はこう強調するが、同じような悩みを抱える人は少なくないのではないか。先月の本紙「イイミミ」には、神戸市長田区で被災し、当時の写真などを見ると、フラッシュバックが起こりつらいという男性の話があった。

 かくいう私は震災翌日の深夜、赴任先の丹波篠山市から神戸に取材の応援に入った。過酷な体験をした多くの人に話を聞かせてもらったが、何の被害も受けなかった上、ぬくぬくとした帰る場所が自分にはあるという後ろめたさを常に抱えていた。その感情は痛みを伴い今もよみがえる。

 被災者、救援者、そして取材者…。阪神・淡路大震災では、被災地に関係する誰もが心に何らかの傷を負ったと言っていい。現在、多くは平穏な生活を取り戻しているが、いまだにトラウマ(心的外傷)に苦しむ人もいる。私たちはそのことを直視し続ける必要がある。

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