日々小論

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 桜の花とかけて、ワタシの家とときます。その心は、どっちもゼンカイや-。

 満員の会場が沸いた。1995年6月10日、神戸・元町の●(ふう)月堂ホールで開かれた落語会「恋雅(れんが)亭」で、桂あやめさんが放った謎かけだ。

 阪神・淡路大震災で寸断された交通網は全面復旧も間近となり、商店も開きだした。

 しかし街には傾いた建物が残され、多くの人が避難所暮らしを強いられている。人前で公然と笑うのがはばかられるような、重い空気が漂っていた。

 不謹慎とも批判されそうな謎かけに、「そろそろ笑(わろ)てもええんちゃうの?」と背中を押された気になったのを思い出す。あやめさんの兵庫区の実家は全壊し、母親を失ったことを後になって知った。

 震災で休演していた恋雅亭は、この日から再開した。多くのファンが待ち望んでいた。

 落語も漫才も、大阪に出れば震災などなかったかのように楽しめた。だが重い空気を一瞬でも吹き飛ばすには、やはり神戸で笑いたかったのではないか。

 当時、大阪の繁昌亭はまだ構想すらなく、落語への世間の関心も今ほど高くはなかったと記憶する。それでも毎月10日の開催日には立ち見が出るほど、恋雅亭の盛況は続いた。

 その人気は25年、衰えることがなかっただけに、会場の都合で今年4月で幕引きすると聞き一瞬、耳を疑った。

 神戸には2年前、落語を毎日上演する喜楽館ができ、落語会を催す会場も増えている。恋雅亭がなくなっても、笑う機会には不自由しなくなった。

 だが震災を笑いに変え、災禍を経験した人たちでそれを共有した記憶は、ほかの高座ではよみがえりそうもない。

(注)●は「几」の中に「百」

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