日々小論

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 余震じゃないのに揺れていると感じる。阪神・淡路大震災の後、多くの人がそう語った。

 地震では誰しも平衡感覚を取り戻すのに時間がかかる。影響が長引く人もいるだろう。

 災害の影響は避けがたいものがある。だが世の出来事に平衡感覚の違和感を覚えるようになったら、少し注意が必要だ。

 正しいものは正しいし、おかしなことはおかしい。その基準をみんなで共有することは、健全な社会の基本といえる。

 その線引きが、今年は随分見えにくくなった。駄目と思うことが正されず、おかしなことが放置される。変だと思う自分の感覚が変なのかと思うほど。

 例えば、本来なら保存されるであろう公文書が「遅滞なく」廃棄され、電子データまで消去された。「復元する気もない」という。伝わるのは「何も残さない」という異様な気迫だ。

 これまでも公文書廃棄や改ざんが中央省庁で発覚したが、真相は解明されていない。今回の「桜を見る会」でも内閣府は調査をしようとせず、首相をはじめ誰もきちんと説明しない。

 同じことが日本中の官公庁にまん延すればどうなるのか。

 「恥ずべき行為」と感じる事態が続くと、人は判断基準を下げる。つまり慣れてあまり怒らなくなると、米国の社会学者は指摘する。暴言への批判をものともしないトランプ氏の「強み」はそこにあるとされる。

 だから自分の感覚が揺さぶられていると感じるうちは大丈夫かもしれない。怖いのは変な状況に慣れてしまうことだ。

 阪神・淡路の被災地は年明けに25年の節目を迎える。「これでいいのか」と復興のあり方を問い続けた力を、この地は持ち続けている。揺らいだ自分の感覚を年の瀬にリセットしよう。

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